■山口版「メリーさんの羊」の位置づけ
(この項は、以前に三谷版「メリーさんの羊」を見て書いたものを書き直したものです。)
●キャラクターの逆転
この劇の初演(中村版)は、老人役が中村伸郎、青年役が三谷でした。
「中村さんのような生真面目な人が老人役なら、もっとおもしろいのでは」とシバタはいうのです。その場にいた者で中村版をみた者はおらず、私も見ていないので想像にすぎませんが、シバタのいうとおりかもしれません。
もともと別役さんが中村さんを老人役に想定して作ったとおもわれる脚本です。すると老人のキャラクターは生真面目で冗談もいわないような感じになるでしょう。
そしてこの対話劇の山場は、老人が誠心誠意をもって青年に事件の説明をし理解を得ようとするのに、なぜか青年は実父の死の真相を探ろうとしないシーンになります。
ところが三谷さんが老人役をやると彼のユニークな個性から、つかみどころがなく青年を煙にまいて喜んでいるひねくれた老人のようにみえるところがあります。
その点を踏まえてシバタが指摘した中村版と三谷版のキャストとそのキャラクターの違いを図示してみます。
中村版
1984−89 |
生真面目な老人
中村 |
− |
つかみ所のない青年
三谷 |
|
|
|
|
|
↓ |
|
|
三谷版
2000-12 |
|
|
つかみ所のない老人
三谷 |
− |
生真面目な青年
山口 |
1984年から始まる初演を中村版、2000年からの再演を三谷版と名づけてみました。
つまり三谷版は「つかみ所のない老人−生真面目な青年」であり、作者の意図である中村版「生真面目な老人−つかみ所のない青年」からキャラクターの逆転が生じています。
●キャラクターとキャスティング
三谷版「メリーさんの羊」をみただけで、「メリーさんの羊」を論評することは避けたい感じがしてくます。中村版「生真面目な老人−つかみ所のない青年」形での再演があってもいいはずです。
つまり次の図ようなキャラクターとキャスティングの組み合わせで、一回巡って中村版「生真面目な老人−つかみ所のない青年」に戻る形になります。
中村版
1984−89 |
生真面目な老人 中村 |
− |
つかみ所のない青年 三谷 |
|
|
|
|
|
|
|
↓ |
|
|
|
|
三谷版
2000-12 |
|
|
つかみ所のない老人 三谷 |
− |
生真面目な青年 山口 |
|
|
|
|
|
|
|
↓ |
|
|
山口版
2021- |
|
|
|
|
生真面目な老人
山口 |
− |
つかみ所のない青年 |
●山口眞司版「メリーさんの羊」の位置づけ
上の図に示したように、山口版「メリーさんの羊」は中村版「生真面目な老人−つかみ所のない青年」を基本にするという位置づけになるでしょう。おそらく別役さんが意図していたものに近iいと個人的に想像しています。
もちろん三谷版の再評価があっていいわけで、それを実現するためにはさらに次世代に引き継ぐことが必要でしょう。そのためにも山口版の「メリーさんの羊」の果たす役割は大きいのです。
|